パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

『50にして煙を知る』
第16回「たばこと塩の博物館」リニューアル物語

渋谷にある「たばこと塩の博物館」が最近リニューアルされた。私は以前の姿を知らないが、新しくなった同館記念式典にパイプ仲間から誘われ、いっしょに見学させてもらった。

最近はずいぶん嫌われもののタバコであるが、人類2000年の嗜好品であり、たばこ税は国の収入を支える重要な税金の柱でもある。

リニューアルパーティーで、館長である大河氏は「日本には、博物館(博物館法によれば美術館や動物園なども含まれるとか)は5600以上あります。世界中には4万以上はあると言われています。世界の四大博物館は、ルーブル、メトロポリタン、エルミタージュ、故宮ですが、うちは認知度だけは、すごいんですが、入館者数としては、今ひとつです。この機会に是非ゆっくりご覧になっていってください。」とあいさつされた。

確かに見ていて楽しい。とりわけ明治、大正、昭和初期のたばこの箱のデザインだ。折からのレトロブームもあるが、いまの機能的だが味気ないデザインに比べ、なかなか味がある。

私が小学生のころの昭和30年代、親父がたばこを吸っていた記憶があるが、当時の「いこい」や「ピース」のデザインには高度経済成長時代の郷愁を覚える。

一方、塩のイメージは海水を干して取るといったものだが、やはり岩塩の苦さ、塊の迫力は、展示されているものをみて初めて実感する。

売店には紙巻きたばこに加え、パイプ製品、タバコ関連書籍も置いてあるのがうれしい。覗いてみると、パイプを掃除するモールの値段が「3160円」となっていた。せいぜい200円か300円のものだから、「あのー、これは値段が一桁違うと思いますよ」とスタッフに声を掛けたら、「あ、そうですよね。そんなに高いわけないですよね」と、値段表をさっさと外したあたりがおかしかった。

展示もさることながら、同館の売りは、1階のオープンカフェ「セボン・プラージュ」だ。

たばこの博物館だから堂々とタバコが吸えるのが売りだ。ところが、新しいスタッフが何を勘違いしたのか。「灰皿は?」と言ったら、「禁煙です」「そんなことないよ。ここはタバコ博物館だろ」なんていう一幕があった。

もちろん吸える。パイプスモーカーの猛者が集まって行ったから、盛大に吹かし、談笑を楽しんだ。

最近はカフェの本場、フランスでも禁煙が徹底して、タバコが吸えないが、ニュースを見ていて驚いたことがある。

ココ・シャネルの映画の宣伝ポスターでシャネルがタバコを持っている姿が問題となり、公共交通機関からポスターが締め出されたからだ。

「公共の場所でのタバコの宣伝は禁止」なる法律に引っかかるらしい。「タバコを指から消したらどうか」という暴論まで出たが、映画会社側は断固拒否したそうだ。

あたりまえだ。写真に映った事実を消すことなんかやったら、知的誠実さを疑われる。まして芸術・文化の大国、フランスである。かつてシャネルがタバコを愛用していたのは歴史的事実なんだから。

アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンが競演したフランス映画に「さらば友よ」がある。この映画でいちばんカッコいいシーンは、ラスト近くでドロンがブロンソンのくわえたタバコにマッチで火をつけてやる瞬間だ。つけるタイミング、2人の視線、表情、いずれもピタリと決まっていて、これぞ究極の「男の友情」を感じさせる場面だ。中学生のころ、この映画を見たが、「大人にならないと吸えない」タバコのシーンだけは忘れられない。

そんなこんなで、最近の仰天ニュースや多感な十代の思い出もごっちゃになりながら、私は大いに「たばこと塩の博物館」を楽しんだ。一度足を運んでも損はない。そういえば、渋谷なんか、まったく行かなくなったからなあ。

千葉科学大薬学部教授 小枝義人