禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

勘違い婆さん、爺さん

先日、こんなことがあった。

愚生は戸数100戸程度の中規模の集合住宅に住んでいるが、所用があり、外出するのに、いつものようにパイプを咥えて出かけた。1階玄関共用ロビーで、たまに見かける着飾った老婦人と出くわした。

その老婦人は、パイプを咥えて紫煙を出している愚生を見て、目を丸くして咎めるように「あの…、煙草は禁止ですけど」と言ってきた。

愚生は「禁止されていません。あなたはこの集合住宅の管理規約を読んで、ものを言っているのですか?」と問い返した。


禁煙ナチズムの輩に影響された愚物が、いずれそんな言いがかりを付けてくることもあろうかと思い、愚生は管理規約を穴の空くほど精読済み。愛玩動物飼育の禁止規定、騒音などの禁止規定はあるが、煙草を吸ってはいけないという規定は無いことを確認済みだ。


この婆さん、(「老婦人」とはかしこまった言い方で、書いていて何だか、むずむずしてくる。いささか伝法だが、愚生の普段通りの言い方にさせてもらう。綺麗事が好きな向きには気に触る方もあろうが、愚生のひねくれた性格に免じて、ご容赦願いたい)は、「あれ、マッ」と言って、管理人室に走っていった。


すると、管理人の爺さんが、すっ飛んできた。そんなことになるだろうと思って、愚生は玄関を出ないで、ロビーで管理人を待ちかまえていた。言いつけた婆さんは、管理人室のあたりで、「ざまあみろ」と言った表情で、こちらを窺っている。


この爺さん、風体身なりは大会社の重役のような貫禄があるオッサンで、言葉付きもやたらと重々しい。年回りはほぼ似通っているが、貧弱な愚生は、完全に貫禄負け。何だか叱られているような感じになってしまう。

爺さん曰く「ロビーでのお煙草はご遠慮願えませんか」(重々しく鄭重に)
愚生「遠慮しません。好きなように吸わせて貰う。そもそも管理人のあんたにそんなことをいう権限はない」(バシッと切り返す)
爺さん「煙草は止めて欲しいという居住者の方がおられますので」(まだ重々しい)
愚生「あの婆さんが、我が儘勝手に言っているだけでしょう」と指さす。
爺さん「管理規則で禁止されています」(少し、声が甲高くなってきた)
愚生「口から出任せの嘘を言ってはいけないね。禁止されていないよ。そもそも、あんたは管理規則をきちんと読んで言っているの?」

爺さんは、一瞬、ここでひるんだが、しばし屁理屈を考えて「管理規則についてはこれから勉強します……。ともかく他の居住者の迷惑になるので、ご協力お願いします」(必死に冷静さを保とうとしている)
愚生「協力しないと何度もはっきり言っているだろう。あんた、耳が悪くて聞こえないの? そもそも協力する必要性も意味も認めない。血迷ったことを言うのは止めてもらいたいね。あんたは管理人の業務を逸脱している。あの婆さんの勝手な我が儘を正義のように勘違いして、規則にない規定を勝手に作り出して、居住者に押しつけようとしている。そんな権限は、あんたには無い」(腹が立ってきたので、まくし立てる)
爺さん「葉巻は臭(にお)いがきついので、近所迷惑になります」(冷静に、冷静に)
愚生「葉巻じゃないよ。パイプ。パイプと葉巻はまったく違う。あんたもせいぜい長生きしているんだから、その程度は勉強しなさいよ。それと臭いじゃない。香りだよ。臭いがきついというなら、あの婆さんの香水は臭(くさ)いぜ。あの婆さんに臭い香水をまき散らすのは止めるよう、管理人のあんたから注意してくれ。もっとも香水を止めたら、体臭がきついかもしれんがな」(こちらも怒りをこらえるが、つい余計なことも口走る)
爺さん「ロビーで煙草を吸うのは火事になる虞があります。防火の観点から、煙草は止めてください」(思考の混乱が読み取れるが、まだ懸命に冷静を装っている)
愚生「玄関ロビーは、全部、石を張っているじゃないか。パイプはボールの中で煙草が燃える。どうしたら火事になるのか教えてくれ。出鱈目なこじつけを言うな」(こちらは喧嘩腰をはっきりさせてきた)
爺さん「管理規則には、一般的に近所迷惑を防止する規定があります」(少しは智慧を絞ったよう)
愚生「迷惑の内容を、一体、誰が決めるんだ? 管理人のあんたかね? そんな規定はどこにある? それとも、あの婆さんが好きに決めるのかね?」と指さしたが、婆さんはいつのまにやら姿を消して退散していた。卑怯なばあさんだが、所詮、そんな程度だろう。


――――管理人の爺さんの言いがかりとこれに対する反撃は続いた。

爺さん「では、マナーの観点から、煙草は止めてください」(どこかで聞いたような口を利く)
愚生「共有ロビーでパイプを吸うのが、マナー違反だと一体誰が決めたんだ。マナーの善し悪しをあんたが決めるのかい。その根拠は何だ?」(社会規範を禁煙ナチスの連中に勝手に決められてたまるか!!!)
爺さん「では、管理組合に今回の件を報告して、あなたの名前も伝えます」(怒りと興奮から、声がうわずってきている)
愚生「大いに結構だ。そうしてくれ。私はあんたの越権行為を管理組合に伝えて、管理会社に注意を促すよう求める」(切り口上で言い返す)



――――口論は、ますます険悪な雰囲気になってきた。居住者で構成する管理組合が契約している管理会社に雇用されている管理人は立場が弱いから、いじめるつもりは全くないのだが、飛んでくる火の粉は払わなくてはならぬ。

哀れ、この爺さんは近年の禁煙ナチズムに影響されて一知半解で、自分が「正義」を行っていると勘違いしているから、始末に悪い。
爺さん「いずれにせよ、ロビーでの禁煙に、マナーの観点からご理解とご協力をお願いします」(少しは冷静さを取り戻したよう)
愚生「理解もしないし、協力するつもりは一切ない。これからも好きなように吸う。管理規則に無いルールを、あんたの恣意で居住者に押しつけるのは、僭越極まる。管理人のあんたに私のマナー云々を言われる筋合いは無い。思い上がるな」(言いがかりに対する反発、反論だから、つい語気も荒くなる)


――――そろそろ終わりにしないと、約束に遅れる。
「私はこれから出かけなくちゃいけないんだ。あんたの馬鹿げた言いがかりに付き合っている暇はない」
爺さん「ロビーでの禁煙に、ご理解とご協力をお願いします」の一点張り。現場管理者に、こういうロボットみたいな物言いをする奴が増えているな。
愚生「理解も協力もしない。これからも好きなように吸う」 実際は、20分程度、押し問答したからもっと枝葉末節のやり取りはあったのだが、再構成すると概ね、こんな内容であった。

ひねくれ者の愚生とはいえ、駅まで向かう途中で、不快感、徒労感が澱のように口の中に残る。瞬時で玄関ロビーを通り抜けるのだから、別に意地を張る必要も無いのだが、たまたま虫の居所が悪かったのだろう、愚かな言いがかりの火の粉を払おうとして馬鹿馬鹿しい詰まらぬ口論に関わってしまった。

この形容しがたい不快感は、近隣の大陸や半島の方々とは異なり、争いごとが嫌いな日本人の遺伝子に組み込まれた平均的反応だろう。

パイプを咥えてうっすらと紫煙を吐き出していた愚生に“注意”したつもりの婆さんと、管理人の爺さん。この両人は善良な人たちであり、ごく普通の日本人である。愚生に最初から悪意があった訳ではない。しかし、この両人は道徳面で悖る不心得者に対し“正義”の訓戒を垂れようとしたと、とんでもない勘違いをしている。

この御両人の思考の未熟さ、お粗末さを責めても、詮無いことである。 こうした無辜の善良な人々の精神をも、次第に蝕んでいる禁煙ナチズムの怖さ。
禁煙ナチズムも今や、病膏肓に入ったようである。

愛煙幸兵衛  一番弟子
2007/12/26