禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

文学者 小谷野敦の禁煙ファシズム闘争記

「過ぎたるはなお及ばざるが如し」という言葉がある。現在の禁煙ファシズムは、まさにこの言葉がぴったり当てはまるだろう。

前回書き忘れたが、私が、厚生労働省が出す数字が信用できないと説明したあと、荒川強啓は「では小谷野さんは、タバコに害はないと」と言うから、さすがに私も苛立った声で「ないとは言ってません」と答えたのだが、それは害はあるに決まっている。かつて福田恒存は、「嫌煙権」なる語が出て来た時、体に悪いことならほかにもいくらもある、しいて言えば生きていること自体、体に悪いと書いたのだが、その通りである。

六月一日の毎日新聞は、家庭欄一面を使って、厚生労働省の委嘱研究の結果を紹介し、「喫煙で死亡率が男で1.6倍、女で1.9倍」と見出しをつけた。この数字自体、私は疑問なのだが、本分をよく読んでみると、大酒による危険も同じくらい、肥満の危険に至っては二倍となっている。ところが、見出しだけ見ると、粗忽な人は「ああ、やはり喫煙はいけないのだ」と思う。

禁煙ファシズムのやり口はたいていこんなものだ。もっとも毎日新聞だからこの程度で済んでいるのであって、朝日や読売ならもっとひどいことを書くだろう。

たとえば、静岡市で、喘息の中学生が、歩きタバコをやめるよう議会に請願し、繁華街での歩きタバコが禁じられた、などと大きく報道されたことがあった。

しかし、都市部の空気がクルマの排気ガスによって汚染され尽くしていることは誰でも知っているし、現に喘息患者の団体が、自動車会社を相手取って訴訟を起こしているのは、新聞でもテレビでもちゃんと報道されている。それに比べたら、たかが歩きタバコの煙など、微々たるものだと言うほかない。私は、人ごみでの歩きタバコはよすべきだが、人通りの少ないところではいいと思っている。当然である。

「受動喫煙」の害というのが、今ではまるで常識のように言われているが、これもかねてから疑問が持たれている。そもそもこの理論は、日本の平山雄(たけし、故人)なる人物の論文から始まっているのだが、この「論文」の現物が手に入らない。単にその結果だけを公表している。

これについては『タバコ有害論に異議あり!』(洋泉社、新書y)で名取春彦が詳細に検討している。しかしそれを言うと、平山論文だけが根拠ではなく、世界中で二千以上の論文が出ているのだ、と反論される。

だが、私はその全てを信用しない。そんなことを言うと、ドン・キホーテの如く、狂人の如くに思われるだろうが、これは疫学という統計学の一種で、これが数字のペテンが多いことは、統計をやった人なら知っている。

この種の論文は、配偶者が喫煙者かどうか、ということと、当人の発病、寿命などとの相関から計算して「受動喫煙に害あり」としている。だが、人が病気になったり寿命が縮んだりするのには、さまざまな因子がある。果たして「受動喫煙に害あり」としている論文は、その因子をすべて漏れなく考慮して計算されているのだろうか。私は疑っている。

疫学の数字が怪しい、その格好の例が、先ほどの「男1.6倍、女1.9倍」だ。実は厚生労働省は、二〇〇二年に、都市部でない四つの地域の四万人を対象とした小さな調査で、まったく同じ数字を出している。それは、四十歳から五十九歳までの人を対象に、十年間調査した結果だという。

ところが、今回の調査は、津金昌一郎という人が、四十歳から六十九歳の人を十数年間追跡調査したというのだが、年齢上限が十歳上がったなら、死亡率は当然、前回より上がるはずである。ならば、前回の調査がおかしかったと考えるしかあるまい。

さて本題だが、なぜ女性のほうが数字が大きいのか。弱いからか。それはおかしい。現に平均寿命はいつも女性のほうが高い。女性で喫煙する人は、低学歴、低所得層に多い。男なら高学歴でも喫煙者はまだまだ少なくない。

さて、低学歴、低所得層が、疾病罹患率も、それによる死亡率も高いことは、既に明白な事実で、悪条件下での労働、食生活等がその原因である。また、社会的地位が低い者のほうが寿命が短いというのも、当然とも言うべき事実だ。つまり、女性の喫煙者の死亡率が高いのは、喫煙だけではなく、生活水準によると考えられる。にもかかわらず、この研究は、学歴や所得を計算に入れていない。

心理学者の小倉千加子は、厚生省の委嘱で研究を行ったとき、「ここは階層という変数を入れなければ解けません」と言ったら、役人から、それはやめてくれ、と言われたと言っている。

要するに役所は、階層の存在を隠蔽したいのである。そして恐らく、二千以上あるという論文の中で、この因子を入れて補正したものは、一つもないだろう。

つまり相関しているのは、配偶者が喫煙することと寿命ではなく、所得や社会階層と寿命なのだ。もし分かりにくければ、客商売をしている女性が、そのストレスから喫煙を続けてしまうのと、お嬢様大学を出て高所得の男と結婚して専業主婦になった女が、さしてストレスもなく、喫煙もせずにいるさまを想像すればよい。

要するにWHOや厚生労働省は、階層を隠そうとしている。いわば「寿命階層」だ。

こうして、禁煙ファシズムが何を隠そうとしているか、次第に明らかになっていく。

小谷野敦:東京大学非常勤講師
比較文学者
学術博士(東大)
評論家
禁煙ファシズムと戦う会代表
2007.06.12