パイプの愉しみ方
続 偽物ダンヒルパイプにご用心 その14 グレシャムの法則
真夏のお盆休みの時に読む本を仕入れておこうと思って、岡山で一番大きな古本屋を訪ねた。「え、なぜ古本屋へ?」と思われる方も多いだろうが、私が普通の本屋ではなく、もっぱら古本屋を利用するのには2つの理由がある。
最大の理由は、新刊本に比べて価格が安いことだ。新刊本はバカに高い。高い価格に見合った内容があるなら已むを得ないが、残念ながらそうではないことがほとんど。映画と同じで、数千円払って読んだ新刊(観た新作映画)が詰まらなければ、何か損した感じがする。最近は損した感じになってしまうことばかりだ。
次の理由は、古本屋は本の内容と稀覯度に応じた値付けがしてあることが多い。だから昔、読み損ねたベストセラー本が格安で買える。逆に貴重な内容の珍しい本や雑誌類は、それなりの値付けがしてある。商品としてその本はどの位の現在価値なのかと言う市場の洗礼を一度受けている訳だ。
私はマスコミ等が持ち上げているベストセラー本は敢えて買わない。流行に乗っておくかなと購って、本当に感心した本はこれまで稀だった。今の出版業界は、ごく一部を除いてカネ儲けのための新刊の粗製濫造が宿痾のようになっていて詰まらない内容のお手軽本ばかりが溢れている。本の題名と目次をざっと見ただけで、何が書いてあるか容易に想像がつく。なのに、わざわざ買って読む程、暇じゃありません。大手出版社は「出版文化の大切さ」を強調なさる。まさにその通りなのだが、自らその大切な文化をどんどん壊している訳だから憫笑するしかない。
古本屋贔屓の前置きが長くなった。この古本屋では、新刊の時は数百円だった文庫本が1冊50円、5冊買えば100円と激安だ。お金の価値をつくづく感じる。音楽、美術、古典、歴史等々ジャンル別に並べてあり探しやすい。増築増築で店舗面積をどんどん広げており、狭い通路に本を積み上げている場所もあってその圧倒的なボリューム感には舌を巻く。店員におよそ何冊位あるか尋ねたことがあるが、分からないとのこと。4年前に50万冊を超えてから数えるのを止めたそうだ。
その辺の公立図書館と比べて本の種類が多いし、価値ある古書がザクザクあって見て歩くだけでも楽しめる。ブック〇フや古本〇場より私は好きだ。最近は、遺品整理の業者の持ち込みも多いという。そんな事情からか、初めてお目に掛かる第二次世界大戦前の稀覯書などもたまにあって本好きには天国みたいなところである。
今回の買い物の目的は、お盆休みに気楽に読む本探し。面白そうな文庫本を10冊、計200円分を店の買い物カゴに入れてぶらぶら歩いていると、パイプ関連の本や冊子のコーナーに偶然出くわした。
最初に目についたのが日本パイプスモーカーズクラブ(JPSC)が昭和44年から平成4年まで出していたクラブ会報「PIPE」の小冊子。当時、創刊号は50円で、最後の創立25周年記念79号が480円だった。ほぼ全部揃っているようだ。どれも1冊800円の値段がついている。激安の文庫本と比べて、なかなか良い値段だと思う。嘗て私は全巻持っていたし、読んで内容はよく知っているので、かなり食指が動いたが結局購入を見送った。
次に目に飛び込んできたのが「PIPE MAGAZINE」の雑誌。10冊 まとめて1万円である。躊躇うことなく買い物カゴにすぐ放り込んだ。この「PIPE MAGAZINE」の購入を即決した理由は、雑誌の裏表紙に当時のダンヒルパイプの写真が全面広告で載っていたから。つまり「欲しい」と言う衝動に駆られてだ。本当にそれだけの理由である。
読者の皆様は、私のダンヒルパイプへの執着が異様なものであることがご理解頂けると思う。自分でも何かの心の病ではないかと思ってしまう。古希の齢を過ぎて人間が少しずつ枯れてきて、世間や物事への執着は次第に消えつつある。平素は身の丈に合った慎ましい暮らしをしているが、パイプとパイプ煙草にだけは目が無い。どんな値段でもお構いなしにお金を使ってしまう。ましてダンヒルとなれば‥‥、魔物にでも取り憑かれているのかもしれない。まあ、この歳で酒や女に散財するよりはマシだと自分を慰めるしかない。
昔、パイプや喫煙関係雑貨を輸入していた東京の長島商店発行の季刊小冊子「パイプ手帖」が10冊とパイプのカタログ類が色々入っている一袋で合わせて3万円。この「パイプ手帖」は、昭和50年代に岡山の煙草屋でパイプ煙草を少しまとめて買うと、店番の綺麗なお嬢さんが素敵な笑顔でオマケに付けてくれていた。趣味嗜好の世界では、販促品のオマケの冊子や企業のカタログでも大事に取っておけば文庫本などとは比較にならない価値が生まれる実例だ。
「ダンヒルたばこ紳士」アルフレッド・ ダンヒル著、團伊玖磨訳。昭和42年朝日新聞社発行で当時420円が4000円。勿論購入した。作曲家で真のパイプ党の團伊玖磨さんについては、少々思い出があるので次回、稿を改めて触れたい。
レジで勘定を済ませながら店員さんに、「パイプ関係の本や雑誌、冊子などは結構売れるの?」と尋ねた。すると「文庫本のように安くすれば売れるものじゃありません。バラバラでは売れないので、そのままではいずれ廃棄処分になる。だから趣味の世界の昔の貴重な資料をゴミにしてはいけないと思って、纏めるのが秘訣です。かなりの高値を付けてもお好きな方がお金に糸目を付けずに買っていかれる。青春の楽しかった思い出を持った方でしょう。あなたのようにね」。
なる程! 洒落たことを言う。確かに殆どの人達にとってはゴミ同然なのかもしれないが、私のようなパイプ党の年寄りにとっては、若かりし頃パイプ喫煙の世界にのめり込んだ懐かしい思い出を呼び起こすお宝である。
私がパイプ喫煙の楽しさを知って、ダンヒルパイプの蒐集を始めた半世紀前は、それ相応の費用さえ惜しまなければ、本物のダンヒルパイプが新品でも中古でも妥当な値段で買えた。「ようやく買ったが、ひょっとしたらこれは贋物ではないか?」との心配は微塵も無かった。当然、私のようなダンヒルパイプの真贋鑑定家は存在しなかった。
もちろん当時も偽物がなかった訳ではない。偽物は当然あった。ただ偽物の殆どは素人の贋作で、目が肥えれば一目で判別できるレベルのものだったと思う。海外のパイプ製造メーカーには、ダンヒルパイプの紛い物というか類似品を作っていたケースがあるが、欧米諸国は知的財産権の保護に非常に厳格だから、さすがに刻印は「DUNHILL 」ではなくて「DONHILL 」や 「DANHILL 」と刻印していた。確かに「似てはいるが、違うブランド名だよ」と言い逃れは可能だった。いわば笑い話レベルの偽物だったと言えよう。
以前、私はこの「続 偽物ダンヒルパイプにご用心 その2 贋作パイプものがたり」で、日本でも戦後のGHQが君臨していた当時に、偽物ダンヒルパイプが相当数製造されたと疑われる話を紹介した。日本パイプクラブ連盟のウェブサイト担当のS博士から教えてもらうまで、私も知らなかった話だ。長島商店発行の「パイプ手帖30」の記事。執筆者は当時、同社専務取締役だった長島雅英氏だ。この記事をお読みになっていない読者の方は、ぜひ読んで頂きたい。
当時、贋作ダンヒルパイプを製造したその会社の社長さんは「お釈迦様でも、偽物とは見破れまい」と、その出来具合にかなりの自信を持っていたようだ。確かに一目見ただけでは見破りにくいかもしれない。しかしきちんと真贋鑑定すれば、比較的容易に見破れると思う。少なくとも今の私にはすぐに見破る自信がある。「お釈迦様を超えた」と大袈裟なことは言うつもりはない。鑑定技術が時代とともに進歩しているのだ。
最近のC国製と思われる工房製の精巧な偽物ダンヒルパイプの横行には、単に憂慮していると言うレベルでなく、ダンヒルファンの私は本当に心を痛め、立腹している。海外の通販サイトは偽物だらけと言っても過言ではない。グレシャムの法則という有名な経済学の真理がある。「悪貨は良貨を駆逐する」。ダンヒルパイプに擬えれば「偽物は本物を駆逐する」という具合になる。実際にそうなって来ている。こんな偽物づくりを許容していると、早晩、ダンヒルパイプ離れが起きるのは必定だと思う。
現に初心者やパイプ経験の浅いと思われる方が、海外通販サイトで購入したらしい中古の「ダンヒルパイプ」とやらで煙草を喫ってみて、「ダンヒルは高いだけで大したことない」、「美味しく煙草を喫えない」、「ダンヒルパイプはよく見るとボウルやシャンクに傷が結構ある」などと言っておられるという話を漏れ聞く。単に残念という気持ちに留まらず「ふざけるな!」と一喝したくなる。
永年のダンヒルファンが嵩じて、ダンヒルパイプ鑑定人に祭り上げられた私が強調したいのは「C国製の偽ダンヒルは、どんなに精巧で本物そっくりに見えても、所詮は紛いもの。きちんと鑑定すれば、すぐに偽物だと分かります」と言うことである。
人間は人によって価値観、考え方が違う。偽ダンヒルでも構わないという方に、偉そうに訓戒を垂れるつもりはない。そういう方はその価値観で結構だ。しかし、パイプ喫煙は紳士淑女の高尚な趣味嗜好の世界である。その中でご自身はパイプスモーカーだと皆に胸を張れますか?
本物のダンヒル、ホワイトスポットを信頼できる正規の販売店でご購入下さり、心からパイプ喫煙を楽しんで下さい。
よろしくお願い致します。
「続 偽物ダンヒルパイプにご用心 その2 贋作パイプものがたり」は以下のリンクから
https://www.pipeclub-jpn.org/pipe/detail_353.html

