パイプの愉しみ方
シケモク葉巻 ~~古き良き時代の思い出話~~
先日、梅雨時の大雨に備えて、屋根と二階外壁の修理、昔の雨漏り箇所の玄関天板の交換を顔見知りの大工の棟梁に依頼した。
翌日朝、大工さんが早速やってきた。私と同年輩のどう見ても八十絡みの萎びた感じの老大工さんだ。腰もかなり曲がっている。こんな爺さんが果たして二階に上がれるかなと思ったら、手慣れたものでハシゴを掛けてスルスルと登り、「ああ、ここだね。瓦のズレはすぐ直す。外壁が少し剥がれているから雨水が染み込むな。パテで埋めて見栄えもちゃんとしておくよ」。
まあ、これなら大丈夫だろうと思って、私は居間に戻ってパイプの煙を燻らせながら米大リーグ野球のテレビ観戦に戻った。
老大工さんは外の作業が終わると、玄関で一人で脚立に登って雨漏り跡がある天板をバリバリ剥がし、同じ模様の新しい化粧板と交換していた。しばらくすると「こんなもんで良いかね」と声が掛かった。
野球観戦を中断し、玄関に行って天井を見ると見事に仕上がっている。私が「綺麗になったな。これで良いよ」と言ったら、老大工さん、私がパイプを咥えているのを見て、やや伝法な口調で「旦那はパイプ党かい?」
私「ああ、半世紀以上パイプ一筋だよ。タバコはパイプに限るからね」
老大工「偉いものだね。旦那は偉い人だろう」
私「何にも偉くない。ただのタバコ好き。パイプで味わうのが好きなだけだよ」
老大工「いや、偉い人のはずだ。昔からパイプを喫う人は、その辺に転がっている連中とは違って偉い人が多かった」
何かの勘違いでおだてられて私は面映(おもはゆ)かったが、老大工さんに用意していた冷えたお茶と茶菓子をふるまった。玄関の上り框に腰をおろした老大工さんと世間話をしているうちにタバコを巡る思い出の一人語りが始まった。
この老大工さんは、中学を卒業後、15歳で東京に出て工務店で下働きの見習いをしながら大工の修業をしたそうだ。週に2回、夕方から授業が始まる大工さんの専門学校で一人前の大工になるための学科を学んだ。「昼間の見習い仕事でクタクタになり、疲れて学校の授業は眠かったが、早く一人前になろうと勉強も頑張った」。
駆け出しの大工になってしばらくしておおせつかった仕事が、東京・信濃町の慶應義塾大学病院の新築工事。最初の東京五輪の頃だったというから、昭和38、39年頃のことか。
今様の新築工事と違って、大学病院としての通常業務を続けながらの工事だったそうで、工務店側にとっても現場の大工さん、職人さんにとっても気を使うことばかりの難しい仕事だったそうだ。
「部屋の内装の工事をしていると、お医者さんたちが部屋に戻っては、パイプで一服していた」。慶應大学病院の当時の医師はパイプ党の愛煙家が目立ったそうで、もの珍しく感心したとのこと。
「一番偉い教授の部屋の内装を担当していたとき、この偉い先生は大きな机の豪華な椅子にどっかり座って、箱から太い葉巻を取り出して、先を裁ち鋏でチョンと切っておもむろにマッチで火を着け、ゆっくり二、三服喫ったら、すぐに揉み消して捨てていた」そうな。
その様子を横目でチラチラ見惚(と)れていた老大工さんは「あゝ、もったいないなあ。最後まで喫えば良いのに」とつくづく思った。
詳しくは知らないが、当時の上等な葉巻の値段は1本千円くらいはしたろう。最もポピュラーな紙巻タバコの「いこい」が一箱40円の時代だ。庶民には縁のない高級感がわかる。老大工さんは中学生の時分からいっぱしのスモーカーで、親父さんから「いこい」を1本貰ってから喫い始め、タバコの味を覚えてからは小遣い銭で「いこい」や安タバコの「わかば」を嗜んでいた。
一番偉い教授が、ほんの数服しただけで高級葉巻を捨ててしまうのを何度も見て、ある時、意を決して「先生、その葉巻、捨てるのなら俺に貰えませんか」と恐る恐る無心した。
その偉い教授は少しびっくりしたようだが、三回りくらいは年下の10代と思しき若い大工が真剣な表情で頼んでいるとあって「いいよ、僕が喫った吸い殻で構わないなら」と二つ返事で快く了承。「吸い殻は灰皿に残しておくから、遠慮なく貰ってくれ」
「シケモクとはいえ、初めて喫った葉巻のなんと美味かったことか‥‥。世の中にはこんな極上のタバコがあるのか」「それにしても慶應の先生は偉いもんだな」とつくづく感じ入った。以後、教授先生のシケモクを貰うのが楽しみで、仕事に身が入り、格別に丁寧に仕上げたとか。
この話には少しオマケがあって、偉い教授先生がちょっと喫っただけで捨てていたシケモク葉巻の争奪戦が仕事仲間の若い大工さんの間で巻き起こったのだそうだが、話が脇道に逸れるので割愛する。田舎の真っ正直な大工さんの明け透けで他愛のない思い出話である。
まあ、そんないきさつがあって、老大工さんの頭の中では、一番偉い人が葉巻を喫い、その次に偉い人がパイプ。紙巻は一般大衆ーーという世の中の喫煙ヒエラルキーの強い固定観念が出来上がったというわけだ。
そんな昔話をひとくさりした後、老大工は私に「旦那さんは葉巻は喫うかい?」
「たまに気が向いた時に喫うけどね。高級葉巻は財布がもたないな」
老大工さん、私の人相と風体をじっと見て「まあ、そうだろうな』と呟いた。
私はまさにその人物鑑定通りのしがないジジイだ。持ち上げた後で、しっかり値踏みしてくれてありがとう。正直な人だ。
「自分は老い先短いことだし、あのシケモク葉巻の味をもう一度味わってから、この世とおさらばしたいもんだね」となんだかしみじみとした口調になった。
私も大のタバコ好きだから、その気持ちは実によく分かる。この萎びた爺さん大工になんだか仲間意識を覚えた。
そこでたまたま持ち合わせていたアルミチューブ入りの新品ロブストを一本、仕事の御祝儀に渡した。ドミニカ産で、教授先生のような極上の葉巻とまではいかないが、ささやかな貧者の一灯というわけだ。
「シケモクじゃなくて悪いが、新品だよ」
「葉巻はね、最初と最後が格段に美味いんだよ。ニコチンとタールがコッテリ染み込んだ最後の最後の部分まで吸い切ってくれ」と一言。
老大工さんは喜色満面。「ありがとうございます」、「すみません」と何度も私に頭を下げ、葉巻を大事そうに作業着の胸ポケットに入れボタンをしっかり留めて引き揚げていった。
葉巻一本の御祝儀でこんなに喜んでくれるとは‥‥。
今の若い人は想像もつかないだろうが、昔、日本がまだ貧しかった頃は道端にポイ捨てのシケモクを拾って喫う人をたまに見かけた。乞食みたいな行為だから、もちろん褒められたものではない。堅気の仕事についている人は、そんなはしたない真似は決してしない。
だけど、私も愛煙家の端くれだから、恥を忍んでシケモクを拾って喫っていた人の気持ちが身につまされる。上等な葉巻がほんの少し喫っただけで捨てられているのを見たら、おそらく私も偉い教授先生におねだりしていたに違いない。タバコのお流れ頂戴だ。
飾らない老大工さんの思い出話。下世話な話ではあるが、伺って後味が良かった。

