パイプの愉しみ方
プラハの煙草屋さん
5月から6月にかけてチェコ・プラハを皮切りにハンガリー・ブダペストをパイプ喫煙仲間三人とゆっくり周遊した。晩春から初夏にかけての爽やかな時期だ。プラハではヴルタヴァ川沿いの石畳の道を、パイプをぷかぷか燻らしながら散歩し、洒落た店を見つけては買い物。美味しいレストランで美味しいビールを飲んで美食に勤しむのんびり旅行だった。
プラハは今回で私は3回目。最初が20年前、次が一昨年。カレル橋、王宮、歴史地区の天文時計など数多の観光名所は既にたっぷり見たからもういい。中欧の古都の風情を楽しみ、人々の生活感を味わうのが旅の目的である。
なぜプラハ、ブダペストなのか。中欧、東欧は「古き良き時代の魅力が溢れているから」に尽きる。歴史的な建築、建造物が大切に守られており、昔ながらの堅実な欧州の息吹がしっかり残っている。人々は温和で勤勉、親切だ。治安の良さは日本並みで安心して夜、外出できる。だから行きたくなったのだ。
パリを始めとする西欧の著名な観光都市ではスリやコソ泥、かっぱらいが横行。仕事がない煤けた若い連中が昼間から公園や空き地に大勢屯(たむろ)して、道ゆく人々に剣呑な眼差(まなざ)しを向けてくるのと大違いである。数十年前、若かった私がかつて憧れた古き良き花の都パリはもう既に存在しない。都市全体がひたすら劣化、凶悪化の一途を辿っている。
閑話休題。
欧州諸国はどの国もそうだが、屋外では喫煙自由である。日本のように「駅周辺の路上では禁煙」、「病院、学校敷地内、公園では禁煙」「バス停の周りではタバコはお控えください」などと屋外でも刑務所並みの息苦しいルールを、あたかも社会規範風の仮面をかぶって強制するのとは異なり、大人の健全な良識がしっかり働いている。
そんなわけで、愛煙家仲間ともどもプラハの中心市街地で、思う存分パイプを楽しんだ。毎日、ぷかぷかパイプを吹かして漫歩したのは良いが、日本から持参した手持ちのパイプ煙草が残り少なくなる。煙草屋さんは結構あるもののシガレットばかり。パイプ煙草を売っている店が見当たらない。
そこで以前、東欧のパイプ仲間に「プラハに行ったら、是非ここに行け」と勧められたパイプ煙草屋さんを思い出した。地図で調べたら、宿から歩いて10分程。ゆるやかな丘陵の上にある国立博物館のすぐ近くである。途中であれこれ道草を楽しみながら地図に従って歩くとパイプのマークがすぐ見つかった。
店内に入るとパイプ、パイプ煙草缶、葉巻がずらり。チェコ随一の煙草屋さんだと分かる。店員さんに「チェコならではのローカルブランドのパイプ煙草が欲しい」と希望を伝えると「お好みの種類は?」と聞くので「ラタキアベース」と答えたら勧めてくれたのがバルカン・ラタキア。チェコのスタニスラウ社製だ。オリエント葉にヴァージニア葉がブレンドされたのも所望したら、店員さんが同社製のロンドンミクスチャーが「美味しいよ」とのこと。
そうこうしていたら、店のオーナーのヤーコブ・ロルシックさんが奥の事務室から顔を覗かせた。チェコパイプクラブ連盟の会長を務めている方だ。「日本からか。遠方からよく来たな」と我々を大歓迎してくれた。互いに拙い英語でひとしきり歓談して国際交流。パイプの仲間同士に国境の垣根はない。すぐにうちとける。
勧められたものを中心に数缶程選んで勘定を済ませたら、仲間がガラス棚に陳列してあるパイプを熱心に品定めしている。ダンヒル、ファウエン、サビネリなどの西欧の高級品がズラリ。とはいえせっかくプラハに来たのだからチェコ製のパイプが旅行の思い出になると考えたようで、カンバーランドの吸口のチェコ人作家の洒落たデザインのハンドメイドパイプを選んでいた。さすがにお目が高い。
シガリロ好きの仲間、葉巻が好物の仲間も、日本では見たことがないローカルブランドを選んでそれぞれ購入。買い物は終了と思ったところで、ふと目についたのが、店の奥に飾ってあった鮮やかなTシャツ。パイプスモーキングしている姿の刺繍が施されている。色は緑とネイビーブルーの2種類。衣料関係に詳しい仲間が「プリントはありふれているけど、上等な刺繍ものは初めて見た」と言うので、それぞれプラハ旅行の記念に一着ずつ買って、皆、上機嫌で帰途についた。ヤーコブさん、歓待ありがとう。また会いましょう。
次の訪問地はブダペスト。国際特急列車で7時間かけて着いた。今回で3度目だ。昨年も初夏の時期に2週間ほどぶらぶら滞在して観光を楽しんだので名所巡りは卒業。ひたすら街歩きを楽しんだ。プラハと比べると垢抜けていないが、その分、素朴なハンガリー美人さんが多いという印象だ。
ハンガリー人は皆、煙草好きだ。屋外の路上、公園、商店街、住宅街と至る所に灰皿、吸い殻入れが完備しており、自由に喫煙を楽しんでいる。「シガータワー」という大きな看板が出ている建物を見つけたので、早速入った。
螺旋階段を登って3階が葉巻売り場。壁一面に様々な葉巻がずらりと陳列してあり壮観である。奥に座っていた店員さんは身長2メートル超、体重百数十キロの巨漢。頭髪を剃って黒の背広上下をピシッと決め込んだギャングの用心棒みたいな風体だったので、ギョッとしたが、話して見ると笑顔を振りまき愛想が良かった。商品知識豊富で、私が「巨漢の貴方にちなんでこの店で一番大きな葉巻を」と所望したら、勧めてくれたのが「クラーケン」。海の怪物の名前だ。太さが日本の500円玉より大きい。「1日に1本で、十分楽しめるよ」とのことだった。
やはり海外旅行の楽しみは、その国でしか入手が困難な品物を買って帰ることである。


