パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

新連載 パイプ よもやま話 その1

 

――パイプ騎士・柘恭三郎氏 インタビュー対談 聞き手は香山雅美氏――

 

司会:
皆様、明けましておめでとうございます。
今年2026年(令和8年)が日本のパイプ愛煙家にとって幸多き一年となることを願っております。
さて日本パイプクラブ連盟(PCJ)は当ホームページの中で、パイプ愛煙家にとって参考になると思う楽しい記事を掲載できるよう長年努めて参りました。この3年間で読者の皆様からの反響が最も多かったのは、香山雅美連盟副会長・岡山パイプクラブ会長執筆の「偽ダンヒルパイプにご用心」の連載記事でした。日本中のパイプ党の皆様のご興味がとりわけ高いテーマであると承知しております。
そこでこの連載記事の内容を発展させて、さらに広く深くプロフェッショナルの専門家の視点からパイプにまつわる様々な有益な話を読者の皆様に提供するインタビュー対談を企画しました。インタビューに応じてくださるのは、アジアで唯一「パイプ騎士」の称号をお持ちの柘製作所会長の柘恭三郎氏です。聞き手は香山雅美氏にお願いしました。

(以下、敬称略)
香山:
恭ちゃんとは半世紀近い永い付き合いだよね。僕が恭ちゃんと初めて会ったのは1978年の第6回全日本パイプスモーキング選手権大会の時だった。以来、大変お世話になり感謝しています。不束ながらインタビュアーを務めるけど、宜しくお願いします。

さて、「パイプよもやま話」というパイプ関係の新企画を始めるのだけど、話の切り口をどうするか色々考えた。パイプ喫煙全般について恭ちゃんに縦横無尽に蘊蓄を語って欲しいんだけど、PCJのホームページに連載する読み物記事だからやはり読者の方に読んでもらって、面白いなと思って欲しいわけだ。そこで僕がしばらく書いてきた「偽ダンヒルもの」から始めるのが読者の皆さんも一番喜ぶだろうと思うから、このテーマで始めたい。恭ちゃんはダンヒルパイプの愛好家だから、僕以上の深い話を読者の方々に紹介できると期待している。

実は、最近、ダンヒルパイプの見事なコレクションをお持ちの愛煙家の方にお目にかかった。この方は、僕が頼まれればダンヒルパイプの真贋鑑定を無償でしていることをご存知で、初対面ながらとっておきの逸品の古いダンヒルパイプの鑑定を依頼された。お生まれが1956年だということで、ずっと1956年製のダンヒルを探しておられたが、ようやく念願叶って入手なさったという次第だ。

古いパイプなのに未使用品というのがまず引っ掛かる。一目見て何となく新しいパイプの感じがした。まずパイプ全体のバランスが変だ。詳しく観察すると、吸い口のエボナイトの材質が新しい。ステムの刻印も妙に鮮明で当時のものとは微妙に異なる。「まことに残念ながら‥‥」と言わざるを得なかった。ダンヒルパイプについては相当目が肥えておられるコレクターの方でも騙されてしまう。それほど偽ダンヒルパイプが世間に溢れているわけだ。
柘:
ダンヒルパイプの紛い物は、昔は欧州製が多かった。昔は偽ダンヒルと言っても可愛いものが多かったね。本物のダンヒルとは似ても似つかないので、刻印をよく見ると「dunvill」(ダンビル)だったりした。

これがそうだよ。

「昔、ローマの有名タバコ店フィンカート(Fincato)で俺が買ったものだ」とウソを言って皆んなを揶揄っていた。第二次大戦後、イタリアの景気がようやく良くなり、パイプブームになってそんな紛い物パイプがたくさん出てきた頃に製造されたものだ。
香山:
「donhill」(ドンヒル)というのもあったよ。(笑)
買った人から苦情があっても「似ているけど、偽物じゃないよ。別のブランドだよ。そもそも刻印が違うだろ」と言い逃れるつもりなのだろう。まだ、多少の良心はあったわけだ。
柘:
当時は偽ダンヒルと言っても偽造のレベルがピンキリだった。ところが1990年頃から中国で製造したと思われる巧妙な偽ダンヒルパイプが中古市場に出回った。
ダンヒルパイプはそれだけ大きなブランドイメージがあったということだ。フェイクかどうか、分からない人は分からないからね。中には、巧妙な偽ダンヒルパイプを自分で作って「どうだ。本物そっくりだろう」と楽しむ人もいる。

昔、中国・上海で開いたパイプショーで、弊社(柘製作所)のパイプのフェイクもの持ってきた人がいた。本人は趣味で作っていて他人様に売るつもりはないのだけど、本人が亡くなって代が替われば、どうなるか分からない。

ダンヒルパイプの鑑定が難しいのは、色々と判断基準となる資料はあるが、それぞれ完璧ではなく、少しずつ微妙に違っていることだ。ダンヒル社自身の資料が絶対というわけではない。アメリカの研究者の資料もあれば、フランスの研究資料もある。それぞれ資料としては立派だが、書いていることが微妙に違うんだな。だから資料だけを参考にして真贋を鑑定するのは危うい。

例えば、1950年代の「丸ダン」(シャンク部分の刻印でdunhillの周囲を楕円で囲ったものの通称)の記述が異なることもあった。
だから精巧で巧妙な偽物の場合はなかなか難しい。内心では偽物だと判断していても、断定はつい避けがちになる。
香山:
僕もよほどひどいものでない限り、「ダンヒルパイプの偽物です」とは言わないように心がけている。「普段使いにお使いください」と言う言い方だ。察して欲しいと言うスタンスだね。つまり本物のダンヒルパイプは自信を持って「本物です」と断言できるが、怪しいものや疑わしいものを全て「偽物です」とは言い難いからね。
とは言っても、つい本当のことを言ってしまうこともあるけどね。(笑)
<写真>この一階二階がダンヒル本店。
現在、ダンヒル本店は外壁を残して、内側を新規にする工事を行っている。
(2025年11月撮影)

柘:
ダンヒルは1970年代、英国紳士のファッション通りジャーミンストリートとデユークストリートの角に本店があった。その本店ビルの地下にダンヒル製品の歴史的な製作品の展示場があった。専門のキュレーター(調査学芸員)がいた。その後、1980年代に入り、バーリントンアーケードに展示場が移った。ピカデリー通りの入り口の右側にあったサイモンズ(H.SIMMON'S )煙草店をダンヒルが買い取り、そこに資料館を開いていた。80年代後半に資料館は無くなり、ほとんどの資料はロンドン郊外のダンヒルファクトリーに移された。キュレーターがいなくなった。これが大きな理由で真贋鑑定が簡単じゃなくなった。
<写真>バーリントンアーケード。ここがH.SIMMON’Sがあった所。後にダンヒルの資料館があった所。

因みに、サイモンズの小瓶に入ったスナッフ(嗅ぎタバコ)は良かった。写真は私が今でも使っているサイモンズの名刺入れ。シルクハットを被りパイプを咥えているジェントルマンの横顔がシンボルマークだ。


それから、作家もののパイプの鑑定が一番困るんだ。難しい。金額が高いので騙された人は被害が大きい。2009年にヤフオクでヨーン・ミッケ (Jöhn Micke)のパイプが180万円で落札されたと、三井社長が金額に驚いて俺に報告に来た。私はミッケのパイプをかなり多く見てきたが、そのパイプを写真で見たけど、どうも腑に落ちない。箱と袋は本物なんだよ。でも形と仕上げもミッケらしくない。調べた結果、フェイクだと判った。

私の場合は50年前の若い頃からミッケ (Micke)やラルス・イヴァルソン(Lars Ivarsson)らと付き合いがあった。デンマークのパイプが隆盛に向かっていた頃だね。実際に彼らのパイプを買っていたから特徴を覚えている。ダンヒルパイプに限らず、感覚で真贋はある程度分かると思っている。

以前、美術品オークションで有名な英国の会社が電話してきた。あるビッグネームのパイプ作家の鑑定依頼だ。引き受けたが、私が鑑定人だと知ると、売り出したかった人が出品を引っ込めたことがある。
とはいえ有名作家もののパイプの真贋は簡単には口に出して言いにくい。出品する人の立場があるし、私の立場もあるから軽々には言えないところがある。

‥‥   ‥‥ ‥‥  ‥‥ ‥‥   ‥‥ ‥‥  ‥‥  ‥‥  ‥‥

 

香山:
インタビューの初回とあって内容が偽ダンヒルから作家ものパイプの真贋にまで話題が飛んで大きく拡散してしまいました。気のおけない仲間内のインタビュー対談なので矛盾するようなことも言っておりますが、それだけ真贋鑑定は難しいと言うことでご容赦ください。
次回から読者の皆様に知って欲しい偽ダンヒルパイプの真贋鑑定の秘訣に入って参ります。パイプの各パーツごとに詳しく伺います。まずは吸い口(マウスピース)について、その材質やその特徴などを解説してもらいます。乞うご期待。