パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

世界一不味いパイプ煙草と、オリエント葉の話

岡山パイプクラブK.H生

 

数ヶ月前、パイプ仲間の先輩のご自宅に遊びに行った。いつものように美味しい料理と銘酒を振る舞って頂き、夜遅くまでパイプを燻らしながら愉快に歓談した。

 

その先輩は豪気な方で、パイプ仲間の来客にはいつも高級な美味しいパイプ煙草や葉巻を書斎の大きなテーブルに置いていて勧めてくださる。長い付き合いの友人だから遠慮なく味見させて頂いているが、先輩が突然ニヤニヤ笑いながら「世界一不味いパイプ煙草があるから、喫ってみるかい?」と勧めて下さった。

 

米国在住の甥御さんが一時帰国する際に、米国から数ポンド入りの大きなビニール袋に入ったパイプ煙草を、パイプ愛煙家の伯父様用に土産に持参してくれたのだそうだ。

 

私は冗談かと思って「世界一不味いパイプ煙草とは珍しいですな。お言葉に甘えて一度ぜひ、試喫をさせて下さい」と言ったら、テーブルの上の大きなガラス瓶に移し替えたそのパイプタバコを指さして「お好きなだけどうぞ」。私は持参していた予備のパイプを取り出して、たっぷりボウルに詰め、おもむろに火を着けた。

 

不味い! 煙草の味がまるでしない! 

 

私が「なんですか? これ」と尋ねたら、「だから世界一まずい煙草と言っただろ」とにっこり。

70年近い長い間、パイプ喫煙をこよなく愛し、めでたく米寿を超えた先輩が「人生で味わった様々なパイプ煙草の中で一番不味かった」と折り紙を付けたしろものだ。

 

甥御さんから一時帰国のお土産は何が良いかとわざわざ国際電話がかかってきたので、昔、先輩が米国旅行した際、倉庫を改造した煙草専門のスーパーマーケットで購入した大きなビニール袋入り煙草が廉価な割に美味しかったため、同じようなものをと頼んだのだそうだ。甥御さんは煙草を喫わないので、煙草関係の知識は皆無。伯父様のご要望に沿えるように巨大袋入りのパイプ煙草を色々探して見つけ、持参してきてくれたとの由だった。銘柄を伺ったが「分からない」とのこと。

 

私が想像するに、この世界一不味いパイプ煙草の原料は、殆どがバーレー葉。バーレー葉は味がとても薄いのが特徴だ。多孔質なのを利用して、煙草会社は、味付けと香りをするために香料を加えて使ったり、バージニア葉(黄色葉)の強さを加減するために使う。例えば日本で一番有名なHalf & Half はバージニア葉と無香料バーレー葉を半分ずつブレンドした煙草だ。

 

香料で味付けしていないバーレー葉だけのパイプ煙草は、気の抜けたビールやサイダーと同じで、不味くて喫えたものではない。おそらくオリジナルブレンドのパイプ煙草を作るのが好きな米国のスーパー愛煙家達のために、煙草会社が乾燥バーレー葉を刻んだだけで販売しているものだろう。そういう事情をご存知ない甥御さんが指示通りにお土産に持参した訳。

 

「僕はもう喫いたくなから、持って帰ってくれ」と言われ、1瓶分を遠慮なく頂いた。
翌日、改めて喫ってみたが、不味い。

 

そこで、バランタインの12年ものウイスキーを霧吹きでまぶし、乾かして喫ってみたが、多少の味と香りの改善はあったものの、やはり不味い。梅酒、ブランデーでも試してみたが、やはり合格点には程遠い。我慢して喫う水準ではない。

 

手元にあったパイプ煙草のHalf & HalfやBorkum riffに適当に混ぜて喫ってみたが、味が薄くなってしまうだけで失敗。

やはり煙草は美味しくないと、喫う気になれないものだ。

 

諦めて数ヶ月間放置していたところ、乱雑で散らかった私の部屋を整理していた際に、突然妙案が閃いた。

 

クローゼットに、衣類の虫除けとして紙袋に入れて置いたオリエント葉があったのだ。うっかり忘れていた。このオリエント葉は、昨年のイスタンブールで開催したロングスモーキング・ワールドカップで、宿泊ホテルの近所の水煙草屋のオーナーと懇意になり、帰国土産に原料の乾燥した煙草葉を餞別で数枚頂戴したもの。

 

オリエント葉の味は誠に濃厚、実に芳醇で美味しい。微かに糖分の甘味も感じる。ニコチンとタール分がたっぷりなのが嬉しい。ただ味が濃厚過ぎて、相当きつい。時々、葉を適当にむしってウイスキーを吹きかけてパイプに詰めて楽しんでいたが、煙草の葉が虫除けに好適と聞いてクローゼットの中に入れたまま、うっかり忘れていた。

 

善は急げと、早速、世界一まずいバーレー葉に、オリエント葉を適当に細かくちぎって混ぜて喫ってみた。結果は、

美味い! 実に美味い!

 

世界一不味いパイプ煙草に、オリエント葉を少量混ぜただけで、味が激変。オリエント葉の強烈で濃厚過ぎる味と香りが、無香料バーレー葉で丁度良い具合に調整されて、実に美味しい味と香りのパイプ煙草が出来上がった。これぞまさしくブレンドの妙というものだ。

 

このオリエント葉は、親しいパイプ仲間に少しずつ分けてやったりしたので、残りは少々だ。

市販しているものではない。水煙草の原料に使う乾燥した葉そのものだから、入手するにはイスタンブールを再訪し、馴染みの水煙草屋にまた1週間ほど毎日通って、親しくなったオーナーに日本のお土産持参で無心するしかない。

近い将来、イスタンブールに行くことになりそうだ。