パイプの愉しみ方

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英国ロイヤルバレエ団「眠れる森の美女」 映画鑑賞記

 愛煙家・バレエ愛好家 宇検邑一郎

 

 

英国のロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン2022/2023のバレエ最終演目の「眠れる森の美女」が、8月25日から全国の大手映画館で一斉上演されるので、観に行った。

 

ロイヤル・バレエ団の十八番と言えばやはりチャイコフスキー作曲の「眠れる森の美女」だ。ロイヤルバレエの1975年の上野文化会館での来日公演の際に、私は「眠れる森の美女」を観て、舞台演出の豪華さ、踊りの素晴らしさに感動した。その記憶が半世紀近く経ってもまだ鮮明に残っている。その時のチケットの半券と解説の冊子は大切に保存している。

 

ロイヤル・バレエ団とボリショイバレエは10数年ほど前から、ロンドン・コベントガーデン、モスクワ・ボリショイ劇場での公演を撮影して、世界中の映画館で上演するようになった。

 

高精細度の大画面の映画では、ダンサーのつま先の細かな動き、踊り手の目くばり、歯並び、顔の微妙な表情まで鮮明に写し出す。実際の舞台公演ではS席の一番良い席でもここまではなかなか分からない。手頃な料金で世界最高峰のバレエをありありと鑑賞できるので、実にありがたい。

 

今回の配役はオーロラ姫がヤスミン・ナグディ、フロリモント王子がマシュー・ポールの看板ダンサー。悪の妖精カラボスは演技派のクリステン・マクナリー。日本出身の若手最有望株の前田紗江とベテラン崔由姫が善の妖精らの役。

 

前田は3幕の有名な「宝石の踊り」でもフロレスタンの妹役で登場、気品あふれる出色の出来映えのソロだった。ソリストに昇格したばかり聞くが、彼女のファーストソリスト、次いでプリンシパル昇格の時期は早いだろう。いずれロイヤルバレエ団のスターダンサーの一人になるのは確実だ。

 

崔由姫の踊りは練達の水準に達している。どんな役でも見事に演じきるバレエ職人というところ。安心して任せられる名脇役だ。芸術監督がいつも起用する気持ちがよく分かる。願わくば、いつも笑い猫みたいな顔の表情の演技を工夫して欲しいところだ。コール・ド・バレエにも若手の日本人と思しきダンサーが数名いて嬉しかった。

 

オーロラ姫のヤスミン・ナグディの踊りの技術は著しく高い。さすがにプリンシパルだけある。全体に良かったが、決めどころのローズ・アダージオで、最後にわずかにぐらついたのが惜しかった。全盛期のアリーナ・コジョカルのあまりにも完璧なローズ・アダージオを観た一オールドファンからすると少しだけ物足りない。

 

 

ヤスミン・ナグディの名前から想像するに中東系の出自だと思う。踊りの技術は一級品だが、目配りと顔の表情の演技が単調。その結果、いささか可憐さの華に欠ける。有り体に言えば、婚期を逸したアラブの王女様という印象。シャルル・ペローの原作では可憐な16歳の北欧系のイメージのオーロラ姫の役柄とは終始違和感があった。芸術監督には、次回のこの作品では役柄にぴったりの前田紗江をオーロラ姫に大抜擢して欲しいと思う。

 

貴公子の風貌のマシュー・ポールは王子役がはまり役。超絶技巧の踊りが光った。カラボス役のクリステン・マクナリーは見事過ぎるマイム。カラボス役のために彼女はロイヤル・バレエ団に必要不可欠だ。青い鳥役のジョセフ・シセンズは前評判が高いものの、観てガッカリ。跳躍力不足はごまかせない。太り過ぎかな? 

 

3時間20分の上演。振付、演出、美術いずれも素晴らしく、やはりおはこの演目だった。真夏の夜のひとときを十分に堪能できた。

 

苦言を一言。

 

指揮者のジョナサン・ロウの指揮は並みだったが、服装がまるで頂けない。オケの団員がダークスーツ、ブラック蝶タイで統一しているのに、この人は黒のヨレヨレネクタイに普段着風の格好。失礼ながら風貌が冴えないのだから、服装はまともにして欲しいものだ。二度目のカーテンコールで舞台に上がった際に、観客の拍手がやはり少なかった。みすぼらしい服装で平気で舞台に上がる神経には驚く。早めにお払い箱にした方が良い。

客は高いお金を払って絢爛豪華なお伽話の世界のバレエ公演を期待して観にきている。どこにでもいそうな安サラリーマン風の男が、華やかな舞台に「私が指揮者でござい」と最後にノコノコ出てきたらまるで興醒めになるということだ。

最近の指揮者はこの手の考え違いしている連中が多過ぎる。