パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

時価1本1億円超の紙巻煙草を喫わせて頂きました。

岡山パイプクラブ東京支部K H生

伊豆・下田在住の高名な煙草蒐集家の芹澤弘光氏を招いて、岡山パイプクラブ東京支部は6月3日夜、東京・豊島区にある会員の別邸大広間で盛大な歓迎会を開催しました。芹澤氏が、パイプ愛煙家有志が催す東京パイプショー(6月4日に東京・銀座のカフェ・ジュリエで開催)に日本パイプクラブ連盟の依頼でご自慢の蒐集品を展示出品してくださるというので、上京して下さった芹澤氏を歓迎するための前夜祭として催したものです。

歓迎会の発起人は日本パイプクラブ連盟副会長兼岡山パイプクラブ会長の香山雅美氏。歓迎会には特別ゲストとして日本で唯一のパイプ騎士の称号を持つ柘製作所会長の柘恭三郎氏(日本パイプクラブ連盟常任理事)を招き、岡山パイプクラブ東京支部の会員全員を始め日本パイプスモーカーズクラブ(JPSC)の親しいパイプ仲間も加わって、深更まで様々な煙草の紫煙に包まれて歓談しました。

 

芹澤弘光氏は、文字通り日本一の煙草蒐集家として高名を轟かしている方です。我々パイプ仲間内では「伊豆の大魔神」の愛称で勝手に呼ばせて頂いています。

蒐集なさっている煙草は世界中の名品珍品ばかり。日本国内では明治前期の民営時代の超珍品の刻み煙草から大日本帝國大蔵省専賣局時代、専売公社時代の様々な紙巻煙草、さらに米国間接統治下の琉球政府時代の沖縄の紙巻煙草など稀覯品が目白押しです。
海外では、第二次世界大戦以前からの欧米諸国の紙巻煙草、パイプ煙草、嗅ぎ煙草、噛み煙草まで稀少な煙草類を幅広く蒐集しておられます。

 

芹澤氏は謙虚な方で、大広間に設えた宴席の末席に座ろうとなさるので、皆で「それは駄目です」と強引に金屏風の前の主賓席に座って頂こうとしましたが、強く辞退なさるので、やむなく宴席の中央に座を拵えました。

別邸大広間の和室には江戸初期の絵巻物屏風一双やガンダーラ期の佛頭などが調度品としてさりげなく置いてあり、歓迎会にふさわしい品格溢れる雰囲気。宴席を彩る背景音楽には西洋中世の宗教曲や世俗曲がカステラートの歌声で静かに響いています。

 

香山会長の芹澤氏歓迎の辞とともに歓迎宴が開始。香山会長差し入れの1980年代もののダンヒルウヰスキー・オールドマスター、会員差し入れの1983年製造雄町米大吟醸古酒という珍酒で乾杯し次第に賑やかな雰囲気になりました。愛煙家ばかりの宴席ですから、料理に舌鼓を打ち、酒を酌み交わしながら、すぐにあちこちの席でぷかぷかと紫煙が立ち上ります。いつもながらのパイプ仲間の和気藹々の宴の様相でした。

 

芹澤氏が特筆大書すべきなのは、「煙草は喫って味わうためにある。喫わなければ、蒐める意味がない」という蒐集の信念を貫いておられることです。芹澤氏は、数十年にわたって苦労して蒐集した珍しい貴重な煙草を自ら喫って味わうだけでなく、親しくなった愛煙家には惜しげもなく「喫ってみてください」と勧めて下さいます。

世の中には煙草収集家を自認なさる方は数多くいらっしゃいますが、「喫ったらなくなってしまうじゃないか」とばかり蒐めた煙草をガラスケースなどに入れて大切に保存しているだけの方が殆どです。芹澤氏の人間のスケール感はまさに規格外の大魔神級であり、敬服あるのみです。

芹澤氏は、今回の東京パイプショーで展示する煙草類を巨大なプラスチックケース3箱分を車に積んで運んでこられました。歓迎会では、ケースから次々に珍品、レア物の煙草を出して披露し、出席者に試喫を勧めて下さいました。その内のごく一部を写真で紹介します。いずれも欧米や日本のインターネットオークションで、芹澤氏が競り落としたものです。

芹澤氏が試喫を勧めて下さった稀覯煙草の中に、ドイツ第三帝国時代の1944年製造のドイツ空軍将兵配球用の紙巻煙草一箱がありました。箱にはナチスドイツ空軍を表す鉤十字と翼が印刷してあります。箱の中には紙巻煙草が十数本。芹澤氏に伺ったところ、欧米のオークションに参加して競り勝って入手したものだとか。

失礼は承知で落札価格を伺ったところ、芹澤氏はにっこり微笑むだけでした。

芹澤氏が皆に「遠慮なく喫ってみて下さい」と重ねて勧めて下さったので、大きな楕円テーブルに座っていた面々が1本ずつ頂戴して試喫しました。高級オリエント葉を使った芳醇で濃厚な味わいです。製造後80年も経過しているのに、品質の劣化は全く感じられません。途中で揉み消すのが惜しい珍品なので、火がついた残りをキセルに移し替えてゆっくり味わい、完全に喫い切りました。

 

皆が喫い終わって往時のドイツ空軍将兵の煙草の味を十分満喫したところで、芹澤氏が問わず語りで「実は、このドイツ空軍用の配給煙草は、私が落札後、オークションに参加し損なったある大金持ちの実業家が悔しがって、一億円で譲ってくれと私に直交渉をしてきた煙草」との由。

芹澤氏が財力にものを言わせるような相手の高慢な態度が気に入らないので、相手にしなかったところ、その大金持ちさんは芹澤氏が売り惜しみしていると勘違いしたらしく、買取価格を上げ、なんと十数億円の金額を具体的に提示してきたとか。それでも芹澤氏は、態度が気に入らないのできっぱり断ったそうです。

 

ということは、我々岡山パイプクラブ東京支部とJPSCの愛煙家仲間が試喫したナチスドイツ空軍配給紙巻煙草は1本で時価ざっと一億円の計算になります。一億円の紙巻を5分程度で喫い切って紫煙にしてしまった訳です。

 

香山会長は「へー、私だったら十数億円で売って、その金で欧州の小さな煙草会社ごと買収して好きな煙草を作らせるのにな」と勝手に残念がりました。庶民の愛煙家の我々は「一億円」を喫ってしまったという何とも言い表せない複雑な感慨にしばし耽るばかりでした。

 

歓迎宴も深夜に及び、宴を盛り上げて下さっていたJPSC会員が暇乞いしたら、芹澤氏は声を掛けて専賣局製造の紙巻煙草朝日一箱と日本では売っていなかったダンヒル社製の往時のシガリロ一箱を「持って帰って下さい」とさりげなくお土産に渡していました。苦労して蒐めた貴重な煙草を友人に気前良く贈呈する芹澤氏に、改めて深い畏敬の念を覚えざるを得ませんでした。

 

 

 

芹澤氏は、翌日の銀座での東京パイプショーでも、詰め掛けた多くのパイプ愛煙家に貴重な煙草を披露し、希望者には試喫させ、絶賛を博したそうです。