禁煙ファシズムにもの申す

禁煙ファシズムにもの申す

たばこ嫌いの医者 一考

先日、京浜急行電車の中で気味の悪いポスターを見かけました。横浜市が禁煙を呼び掛けるポスターです。長年の喫煙により肺が茶黒く変色したというおどろおどろしい写真を大きく掲載していて、一瞬ギョッとしました。遺体から摘出した生々しい臓器の写真を、乗客に「これを見よ」とばかりに展示する電鉄会社の神経の図太さには唖然とします。またそうしたポスターを平気でつくる横浜市の職員サンの一種猟奇的な感覚には薄ら寒いものを感じました。横浜市、京浜急行のいずれも、亡くなった方への畏敬の念が、乏しいという感じが否めません。

実はニ、三年前にもよく似た写真が登場しました。非喫煙者の肺と称する桃色の綺麗な肺と、ドス黒く変色した喫煙者の肺と称するものを二つ並べてみせて、喫煙者を脅して禁煙を呼び掛けるものだったと記憶しています。読者の中には病院の待合室などに掲示してあるのをご覧になった方もおられるでしょう。その写真を提供したというのが、確か、付属病院でお粗末な医療事故ばかり起こしていると報道されていた某大学医学部の研究室だったと記憶しています。

ところがその喫煙者のドス黒く変色した肺の写真は、専門家が捏造写真である旨指摘したとの由で、いつのまにやらポスターはこっそり回収されたらしいと、友人から聞きました。そういえば、最近、まったく見ませんな。東京大学名誉教授で解剖学者の養老孟司さんが雑誌の対談で「肺臓の色は黒い」とおっしゃっていたのを記憶していましたので、「何だか変だな」と感じていましたが、やっぱり捏造写真だったのかと、腑に落ちました。

私は、今の行き過ぎた先鋭的な嫌煙運動は一種のカルト宗教まがいのものだと思っています。淫祠邪教の類であろうと憲法で宗教活動の自由が保障されていますから、禁煙の奨励が悪いとは言いません。(私自身は大きなお世話だと思っていますが)ただ、たばこ嫌いの医者が、一般人の医療知識の乏しさに付け込んで、ウソ写真で意図的に人を騙していたのだとすれば、それが譬え善意から発したものだとしても甚だ良くないということは言えるでしょう。

そんなことを思い浮かべながら電車のポスターを眺めて「やれやれ、またタバコ嫌いのお医者サンが素人騙しの写真をでっち上げたのかな」と半信半疑で近づいてみると、ご丁寧に提供した病院と医師の名前が小さく書いてありました。どこかの田舎の個人病院のようで、失礼ながら寡聞にして存じ上げません。日本医師会では反たばこキャンペーンに熱心に取り組んでおられるようですから、一声掛ければ、一流大学医学部や有名大病院の呼吸器系の医者が、それこそ「待ってました」とばかり、この手の写真をいくらでも嫌煙自治体に提供するでしょうにね。聞いたことも無い地方の病院の提供写真をわざわざ使うとは、不思議なこともあるものです。

この地方の病院のお医者サンに伺いたいのは、長年の喫煙習慣で茶黒く変色したという肺臓の写真を、見ず知らずの一般人に公開する許可を、亡くなった臓器提供者から生前に、あるいは亡くなった後に遺族から果たして得ているのでしょうか? 

医学生対象の教科書への掲載など学問や学術向上のためならある程度のことは許されるでしょうが、「馬鹿な喫煙者め! それ見たことか! お前たち喫煙者の末路はこうなるのだ!」と言わんばかりに、死んだ後に自分の臓器が大衆に曝し物にされることまで、ご本人や遺族が諒解したとはとても思えないのです。亡くなった本人あるいは遺族の諒解を得ないままに遺体の一部である臓器の写真を、死者に鞭打つような意図でもし勝手に公開したとしたら、医者の傲慢、死者への冒涜だと思います。「きちんと諒解を得ている」との返事がもちろん返ってくると信じたいですがね。

さて、「医療事故」で思い出しました。

この欄の常連寄稿者の多言居士氏が、某癌センターのご自身をとてつもなく偉い医者であると思っておられるらしき名誉院長サンが先般、読売新聞に「現在、日本人の死亡原因の一割はたばことされている」と書いていたこと等を批判しておられました。

私も昨年暮れに、産経新聞でどこかのあまり偉くないお医者さんが「現在、日本人の死亡原因の一割はたばことされている」と書いているのを読みました。しばらくすると毎日新聞でしたか朝日新聞でしたか忘れましたが、別のお医者さんが同じことを書いておられました。どうやら日本の多くのお医者さんの間で、この「現在、日本人の死亡原因の一割はたばことされている」という出典不明の言葉が、流行しているようです。

「されている」という奥歯に物の挟まったような語法からしますと、根拠がある確かな話でもなさそうです。友人の医者に出典を尋ねたら「WHOが確かそんなことを言っていたような記憶がする。臨床の医者はあまり本気にしていないよ。疫学・統計のマジック、トリックによるコケオドシの類だろう」とのことでした。とは言え、私のような素人門外漢は「まんざらウソでもない、本当の話なのかもしれないな」とついつい思ってしまいます。

日本人の年間死亡者数はざっと100万人超ですから、そのうち10万人超が、もし本当にたばこが原因で死んでいるのだとすると、由々しきことです。その話がもし本当なら、どうしてたばこを非合法化しないのでしょうか。これまた不思議なことです。

話がつい回りくどくなりました。「医療事故」の話に戻ります。

新聞や雑誌に医療問題についてよく記事を寄稿されている医師兼ジャーナリストの富家孝氏によると、日本では年間120万件の医療事故があり、死亡入院患者は推計で2万6000人に上るそうです。これでも病院が隠蔽している中で推計した数字であり、一説によると4万8000人が医療事故で死んでいるそうです。出典は富家孝氏と南淵明宏氏の対談本「名医はブラックジャックと俺に聞け」(廣済堂出版)の61頁。

富家孝氏の指摘は、「日本人の死亡原因の一割はたばこが原因とされている」のようなあやふやな話ではありません。国立保健医療科学院の医師が2002年に日本衛生学会で研究発表した数字が基になっているそうです。典拠が明らかな数字です。日本では年間に延べ約1200万人が入院するそうですから、そのうちの一割に何らかの医療事故が発生している計算になります。

眉唾話と典拠が明らかな話、まるで比較になりませんが、「一割」というところが妙に符節が合います。

医療事故。確かに、周囲を見回しても思い当たる節が実に多いですな。私の義父は心筋梗塞の発作を近所のかかりつけの開業医にただの胃痛だと診断され、胃薬を処方されて飲みましたが、数時間後に発作であっけなく死にました。60歳でした。母は骨折の治療で外科に入院したら、MRSAの院内感染で肺炎を発病して死線をさまよい、それが原因で寝たきり老人になってしまいました。私が尊敬する国会議員の先輩は昔、有名病院で誤診され、間違った手術をされて64歳で亡くなりました。怒った奥さんが医療過誤で訴訟を起こそうとしましたが、カルテを改竄されるなど隠蔽工作をされたそうで、諦めました。他にも思い返せば色々とあります。

我々日本人は、日本は経済大国の先進国だから、医療水準も世界でも一流だろうと根拠も無いのに何となく思い込んでおりますが、決してそんなことはありません。私の友人の米国人、独逸人は日本の医療水準を信じておらず、家族が少し厄介な病気になるとすぐ帰国させて本国で治療させました。勿論、言葉や文化の壁もあったでしょうが、要は信用されていないということです。

今、医師不足だとマスコミで騒がれていますが、それは些か話が違うでしょう。片田舎の病院の勤務医が不足しているだけの話です。今の医者は金儲けが目的で医学部に入った連中が少なくありませんから、楽に金儲けできる大都市で開業医をやりたがります。医療保険が行き渡って、どんなヤブ医者でも大都市で開業すれば儲けられる仕組みにしたところに問題があるのです。医学部の定員を闇雲に増やしたところで、問題の解決にはなりません。勤務医と比べて開業医ばかりが高収入を得られなくなくなるように健康保険制度を改めれば良いだけの話です。日本医師会サンは猛反対なさるでしょうがね。

話がいささか脱線してしまいました。

たばこを目の敵になさるたばこ嫌いのお医者サマに御願いしたい。素人相手に「日本人の死亡原因の一割はたばこが原因とされている」という怪しげなお題目を唱える時には、胸にじっと手を当てて医療事故による推定死亡患者数のことも思い出して、少しは専門家の誇り、人間としての謙虚さを取り戻して発言して下さいね。

愛煙 幸兵衛
2009/02/13